■ お目当てのトーレスは見られなかった、残念.! でもピカソ美術館は入れました
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カテドラルを出て徒歩でカタルーニャ音楽堂に向かいます。この音楽堂、ユネスコの世界遺産に登録されているんですが、
国内有数のコンサートホールとして頻繁に利用されています。
ほどなく到着したものの、なんとなく様子がおかしいなぁと思ったら「休館日」でした。
残念! なので写真も何もありません。
そのかわりこちらを。ウエブサイトです。
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次に向かったのは二人とも楽しみにしていた音楽博物館。
なぜかというとアントニオ・デ・トーレスのギター展示をはじめ、アルベニスやファリャをはじめスペインの音楽について
宝の山みたいな資料がいっぱいあるからです。ギターはほんの一部でバイオリン属やハープなどもあるようです。
ところがここも
「休館日」
その日は日曜日でした。教訓です。みなさんはお気をつけ下さい。
いまウエブサイトをみました。ああ、ますます行きたっかたなあと思います。まさに殿堂ですな。こちらです。
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ピカソ美術館
こちらは入れました。
それは旧市街の狭い路地に面してさりげなく建っていました。
朝一番にいったのですが30分程は並びました。
バルセロナ出身ないしは縁がある芸術家は本当に多いのですが、アンダルシアのマラガ出身のピカソもバルセロナに移って活躍しました。
館内に入るとおびただしい数の作品、もちろんすべてパブロ・ピカソ作。きちんと時代とともに展示してあるので
作風や心境の変化がよくわかります。
後年のキュビズムの世界に至るまでの「普通の」作品のほうがむしろ多かったように思います。
それらは彼にとっては習作の域を出なかったような説明もありましたが、正直いって私にはこちらのほうがはるかに馴染めたし、感動もしました。
14歳のときの作品という「初聖体拝領 La Primera Comunion 1896年」でもう天賦の才を感じることができます。
私は青の時代の、ギターを弾く老人(El Viejo Guitarrista)の姿が最も印象的でした。
余談ですが、このギターはトーレス以前の形をしています。
お土産品コーナーで上の2つの絵葉書を求めました。
それとプラド美術館で観たベラスケスの「ラス・メニーナス」を基にして描いた作品群を
VTRを交えて順次紹介しているのも面白かったし、
生真面目にあるいはユーモラスに人間の性を表現したデッサンなどのコーナーもちょっと楽しめました。
初聖体拝領 老いたギタリスト
■ 最後はやっぱりNHホテル ■
旅もいよいよ最終日となった。
ずっと懸案にしていた最終日のホテルの話題。
いくら遅くとも朝の7時には空港に入らねばならないのだが、バルセロナのプラット空港はこちらのアパートのある下町から非常に遠い。
日中なら地下鉄やバスの乗り継ぎで何の問題もないが、夜明け前となると危険度は最高である。まさに蛮行愚行というものだ。
ということでアパートをキャンセルして(払い戻しは無い)、空港に近い「ホテル」を予約しようとネットカフェへ向かった。
すぐに見つかった。NHホテルだ。
ビジネスホテルとしてヨーロッパの大都市には必ず存在する☆☆☆☆のホテル。ここなら24時間フロント対応、タクシー予約も問題ない。
しかもアパートより安い!
昨年のドイツも最終日はミュンヘン空港のすぐそばのNHホテルだった。このときの好印象を覚えている。
宿を引き払ってメトロとカタルーニャ鉄道で最寄の駅へ。駅を出てタクシーでと思ったが、待てど暮らせど来ない。シエスタだからかも知れない。
そこでホテルに電話、「どないしていきますか?」 「XX番のバスに乗って○▽で降りてください」 「ありがとう」。
そのバスに乗ったまでは良かったが、ある理由で違うところで降りてしまった! 神は最後まで我々に試練をお与えになる。
2人はギターを担いでテクテクと歩く。3時間ほど歩いた気がした。(実際にはその何分の1だが)
暑いの何のって。バルセロナはアンダルシアと違う。日本と同じほど蒸し暑いのだ。もちろん空はピーカン。
やっとこさNHという看板が見えたときの感動ったらなかった。「We got it!」
そこは工業団地みたいなところで、ヨーロッパ、北米、韓国、日本といった自動車関係のディーラーも多かった。
でもそれしかなかった。
コンビニもスーパーもない。
ホテルのレストランがあるじゃないって・・・・お休み。
その夜は何を食べたのか?忘却のかなたへ。
そのかわりあくる朝、きっちりと時間通りにタクシーがお迎えにきてくれた。
ああ、これで日本に帰れる。
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